「松郷沿革之記」の碑
埼玉大学名誉教授 山野清二郎
 川越熊野神社境内に建つこの「松郷沿革之記」の碑は、明治二十二年当時の松郷が、川越町に合併された際、それまでの松郷の歴史や郷内の地勢並びに川越との関わりなどを、八項目にわたって刻したものである。松郷は大字川越の南に位置し、野田から伊佐沼に至るまで東西に細長い地で、特に蓮馨寺を中心として深く川越と交流を保ってきた。碑文依ると、松郷の小字には六軒町・連雀町・松江町・久保町・中原町などがあり、大字川越に近い所から漸次市街地になっていった。この地は古く天正十八年から川越を治める領主に管轄され、明治四年の廃藩置県まで続くが、以後入間県・熊谷県そして埼玉県へと所属が移った。総石は一三三四石余り。戸は凡そ七八六戸。人口凡そ三一〇〇人。主要神社は五。仏寺は凡そ四。明治二十六年の川越大火で消滅した寺の名も記さている。学校は今の市立中央小学校。川は遊女(よな)川、この当時は水深四尺もあり、広い池も存した。
 松郷の地名の消えることを惜しんだ熱き心の二十六人の有志たちが力を結集し、かつて当地にあった塚のほとりに建立した貴重なる記念碑である。
松郷沿革碑(まつごうえんかくひ)